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쇼몽하이카이(蕉門俳諧)의 이론가 교리쿠(許六)의 하이카이관(俳諧觀)에 관한 고찰
초록
許六は、芭蕉の最も晩年の門人で、芭蕉に師事したのは、わずか二年二ヶ月に過ぎない。それにもかかわらず、そのすぐれた才能は、よく芭蕉の精神を理解し、師の沒後、去来と活發に俳論を戰わし、『篇突』․『宇陀法師』․『歷代滑稽伝』と、次々と秀れた俳論書を公にするとともに、『本朝文選』という俳文集を著した。許六の本領は、俳論家として目覺ましい活躍をした所にあるというべきであろう。『篇突』․『宇陀法師』等に芭蕉の俳諧の格式をうちたてようと試み、去来らと俳論を戰わせて蕉風理念の確立に努め、また俳文集․俳諧史論の嚆矢たる『本朝文選』․『歷代滑稽伝』の編著に從った外、『泊船集』を校正して蕉句編纂史上に逸すべからざる補正の功を遺し、『和訓三体詩』に漢詩の俳文化を試みるなど、その業績は多岐多方面にわたって異彩を放っている。それらはいずれも、彼の傲岸不遜な言辭の半面をなす稚氣愛すべきひたむきな性情による熱烈な芭蕉信奉の念からうまれたものにほかならない。六芸に通じていたとして“許六”という号を使った彼は、場合によっては芭蕉の画の師として芭蕉とつきあった。蕉門の代表的俳論者とも評価され、俳文集の最初の書物である『本朝文選』を編集し、「百花譜」․「旅の賦」その他、秀れた作品を殘し、文章家として俳文をよく知っており、さすがに才人の名に恥じず、その業績は多方面にわたっている。
키워드
去来抄; 許六; 芭蕉; 俳諧; 蕉門; Kyoraisyo; Kyoriku; Bashō; Haikai; Syoumon