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일본근세초기문학과 ‘義理’의식의 행방
초록
日本近世文学を論じる場合に「義理」と「人情」は大変重要な語彙として扱われるのが現状であ る。このような傾向は源了円氏の著書である『義理と人情ー日本的心情の一考察』に負うところが多 いのである。源氏の論旨をまとめると、日本の義理というのは日本近世期に大陸から輸入された朱子 学によるものであるが、間もなく日本的な義理意識に転じて、日本近世文学の中心的な流れを形成し たとの主張である。大変理解しやすい分析であるが、細かく「義理」という語彙の用例を確認してい くと簡単に結論を導き出すのはそれほど用意ではないのである。 例えば、朱子学が輸入される以前に書かれた『人国記』にも「義理」に関する用例が多く見られ る。その用例を分析して見ると「義理」という語彙は武士及び人間関係における私的な道理と集団的 な行動様式の意味として使われているように見受けられる。近世期に朱子学でいう「義」の内容と密 接な関係にある用例が『太閤記』『伽婢子』に多く見られる。『七人比丘尼』を日本化された例とし て把握しているが、いくつかの作品を通して「義理」の用例を分析すると、近世期以前から「義理」 という語彙が使われながら広く拡散されたのではないかと推定される。近世期に影響を与えた大陸から の「義」思想のほうが寧ろ例外的に仮名草子の時期に多く見られると理解した方がより適切ではない かと思われる。 西鶴の『武家義理物語』に関しても戦国時代的な「義理」意識を描いたと源氏は指摘しているが武 士道という語彙が『人国記』にも登場しているように、戦国時代から「武士の道」を意識しながら 「義理」を使った可能性が高いのである。「武士道」と「義理」というのは最初の段階から密接な関 係にある語彙で、「武士」という特殊な目的の下に形成された集団意識として「義理」を考えるのが 妥当であろう。即ち、『武家義理物語』には「武士」と「義理」という伝統的な概念を中心に当世 の流れを反映している。その一例が三教一致の影響が見られる話の存在である。従って、『武家義理 物語』は、義理の問題と当世風の話を纏い付けて作りあげた世界として見受けられる。
키워드
- 제목
- 일본근세초기문학과 ‘義理’의식의 행방
- 제목 (타언어)
- 日本近世初期文学と「義理」意識の行方
- 저자
- 황소연
- 발행일
- 2009-01
- 유형
- Y
- 저널명
- 일본문화연구
- 호
- 29
- 페이지
- 249 ~ 272